330. 紫陽花
- 2009/11/26(Thu) -
 『その時』が来たら、何を想い、何を考え、どんな行動を起こすか。
 レン自身にすらわからなかった。
 罵倒か、詰問か、襲い掛かるか、泣き出すか、詰るのか……
「仕方がなかったんだ! あの時、レン、お前をアイツ等に渡さなければ、私たちが……! そう、――仕方がなかったんだ……!」
「ごめんなさい、レン! 私たちを許して頂戴……!!」
 レンに縋りついて許しを乞う、両親(ひと)たち。
「……」
 ナンだろう、コレは。ナンなんだろう、コレは……!
 レンを『悪い大人』たちに引き渡し、レンを捨てたのは、ダレ?。
 ≪楽園≫で「助けて」とレンが救いを求めたのは、ダレだった?
 レンがいなくなっても。新しい命(あかんぼう)が生まれて、「昔のことは忘れて」やり直して幸せに笑っていたヒトたちは、ダレだった……?
 ダレ、だった…………?
 「仕方なかったんだ」「ごめんなさい」と許しを請うのは、ダレ……?
「……」
 不思議だった。
 『その時』が来たら、何を想い、何を考え、どんな行動を起こすか。
 レン自身にすらわからなかった。
 罵倒か、詰問か、襲い掛かるか、泣き出すか、詰るのか……
 どちらにせよ、某かの感情は湧き上がり、レンを支配するのだと思っていたのに……
 ―――――何故こうも心に波立たず、心に何も起こらないのだろう……




 紫陽花の花言葉=無情、あなたは冷たい、変節。
 (他の花言葉は移り気、高慢、辛抱強い愛情、元気な女性、あなたは美しいが冷淡だ、浮気、自慢家)

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329. guardian
- 2009/11/25(Wed) -
 ヨシュアの過去を知る者は、かつての素性――≪漆黒の牙≫であったことを知った者は、現在彼が遊撃士だとしても警戒や猜疑心を抱く者は少なくなかった。
 ヨシュア自身、それも無理はないと思っていた。
「お前が、ヨシュア・ブライト? あの……≪漆黒の牙≫、の?」
「はい、そうです」
「……」
 男は試すようにヨシュアを見詰めた。見極める、ように。
「……そして、お前さんはあのカシウスさんの『子供』、なんだって?」
「子供、というか正確には養子ですけれど」
 カシウスの養子(むすこ)になってから、五年経ちます。ヨシュアは男に説明する。
「……」
 ふぅむと頷いてから、男は破顔した。その顔は明るく、警戒はなかった。
「そうか。よろしくな!」
 ヨシュアを疑っていた筈の男が利き手を握手に差し出したが、彼には男の正反対な態度の変化の原因がさっぱりわからなかった。
 困惑顔で尋ねる。
「あの……」
「ん? 何だ?」
「僕を、信用できなかったじゃないんですか?」
 ヨシュアの素性(コト)を知るからこそを疑い、警戒する理由こそあげられ、会って僅か五分もしない内に『ヨシュア・ブライト』という人物を認めて信じる理由がわからない。
「俺は信用できない奴に、利き手を差し出したりはしないんだがなあ……。
――お前さんは、カシウスさんの息子だ。俺がお前さんを信じようと思った理由は、それだけで十分だ」
「それだけで、ですか……?」
「そうだ。俺にとってはそれだけで十分だ。
あの人の元に五年間いて、五年間あの人に育てられたんだろう?」
 カシウス・ブライトの影響を受けない筈がない。――悪いヤツになろうとも、なれるワケがない。
 だから、アンタはイイ奴なんだろうよ。
 至極単純明快に男は言った。
「……」
 参ったな、とヨシュアは思った。
 確かにカシウスに出逢ってから、ヨシュアは変わった。
 エステルだけじゃなく、ヨシュア自身にもカシウスから受けた影響は大きいとの自覚もある。
 また、リベール王国が彼の第二の故郷となったのも、カシウスの庇護があったことも理由としては大きいのかもしれない。
 ≪漆黒の牙(ヨシュア)≫を保護したのがカシウスではなかったら、ヨシュアはあの陽だまりに満ちた土地(ロレント)で過ごすことができたかどうか……
 参った。ヨシュアは降参したい。
 家族(カシウス)、五年間親しみ慣れた街(ロレント)、第二の故郷(リベール)から旅立ったのに。
 旅立っても、このように時折彼の地で紡がれた縁がヨシュアを支え、護ってくれる時がある。
 僕は、色々なものに護られている……





 guardian=保護者、守護者だそうで(お題配布サイトさんの解説より)。
 カシウス父さんは最強のガーディアンだと思います。

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328. 百合
- 2009/11/24(Tue) -
 メイベルはジェニス王立学園の先輩としても、ボース市長としてもクローゼ/クローディアと面識があった。
 クローゼとしても公私――『姫君』と『学生』――に渡って素顔を知られている為、メイベルの前で不安や悩みを零してしまったこともあった。
 アリシア女王の後を継ぎ、王位を継承してリベール王国の国主となる。
 女王となって国を守る。その重圧をクローゼは祖母を通じてよく見てきたからこそ、クローゼは己の将来と現在の位置に付いて答えを出せずに迷っていた。
 女王(クローディア)となったら、一個人のクローゼは消えてしまうのではないのか。怯えていた、怖がっていたと言い換えても良かった。
 だが――
「……本日のパーティには、この事件に尽力いただいた方々をお呼びさせていただきました。
苦難に喘ぐ人々に暖かな手を差し伸べ、また多くの人が不安に震える日々を打ち払ってくださった方々……
このリベールの王太女として、礼を言わせていただきます。本当に、ありがとうございました」
 ――クローゼが次期女王の地位を継ぎ、王太女となっていたことはメイベルも知っていた。
 だが、責任感の強い彼女のことだからと心配していたのだが、杞憂だったようだ。
 祝賀会で挨拶を述べたクローディア王太女の姿を実際に目の当たりにして、メイベルは安心した。
 かつて未来に怯えていた少女は、だが今は王太女としての威厳すらあった。
 今の彼女の瞳からは迷いが消え、現実と未来を見据える強い意志が窺えた。
 そして彼女――クローディア姫がいずれ自分たちとリベール王国の新しい主となるが、彼女ならば大丈夫だとメイベルに確信させた。
 



 百合の花言葉=威厳。
 ……クローゼはボース市長のメイベルとは個人的な顔見知りだったようですが、どこまで話していたのかな?

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327. 哀婉
- 2009/11/23(Mon) -
 それは一冊の悲恋のストーリーを綴った本だった。
 旅人の男と想いを通じ合った村の娘だったが、来るべき時が訪れて旅人は村を去ってしまった。
 娘は旅人の帰りを待ち続けていたが、ついに男は帰らずに女は嘆きの果てに病気にかかって死んでしまう。
「レンが貸した本を読み終わったの、エステル?」
「ええ、やっと読み終えたわ」
「どうだった? 面白かったかしら?」
「……まあ、ね」
「「面白かった」って顔じゃないわよ、エステル」
「……」
 エステルの本の感想を知りたいならば、言葉で聞くよりも顔を一目見たほうがわかりやすいとレンは思う。
 エステルはどことなく不満げで、消化不良を起こしたような顔をしていた。
 哀婉なる恋情を切々と綴ったものであると世間での評判は高いが、エステルはお気に召さなかったようだ。
 レンにはエステルの感想が何となく聞こえてきそうだった。
 死ぬまで待ち続けるのならば、死んでしまう程に恋焦がれているならば。
 恋人を追いかければ良かったのに。
 ……実際に村人の娘が男を追いかけていけない事情はストーリー中に描写されていたし、それに何よりも世の女性達全てがエステルのように強いとは限らない。
 その二点をわかっていながらも、それでもエステルは村娘に感情移入しにくかったのだろう。
 不服そうな顔をしているエステル。
 人の弱さを知りながらも、完全に受け入れられずに不服そうなエステル。
 所詮は物語の中の出来事、所詮は他人事だと割り切れず、一つのストーリーとして楽しめずに。当事者またはその関係者のように、悶々としているエステル。
 だからこそエステルらしいのだと、彼女の表情(かお)を観察しながらレンは感心する。
 
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326. 触れる
- 2009/11/22(Sun) -
 ティータは、姉貴分であるエステルが羨ましかった。
 ティータの兄貴分であるヨシュアの背中を守って戦えるのだから。
 ティータは想い人の背中を守ることはできない。
 彼の背中に守られて、精々出来るのは援護くらいなものだ。
 想い人の背中を預かり、共に戦えられたらどんなにいいだろう。
 ティータにとって、彼の背中はとても遠いものだった。
 ――いつか、あの背中に追いついて届く日が来るのだろうか。
 彼の背中を見ているだけではなくて、彼の隣で共に歩める時がいつの日か訪れるのだろうか。
「……そんなことを、思っていたんだよね……」
「あ、ん? 何か言ったか、ティータ」
「いえ、何でもありません……」
 成長して一人前(おとな)の女性となったティータは、彼の背中を後ろから触れて抱き締めた。

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